孵化過程 改
この密実に展開し埋めこまれた
日本の都市は、
エネルギーの拡散の果、
ひとつの均衡状態をしめしている。
極小に分解し、
均質化した空間は、
閉塞の秩序であり、
この都市の内部の活動は、
ひしめきあいながら、
良識の枠をまもらねばならない。
厳格で精巧な完成品、
それがあなたがたの生活を
安定化させているのだ。
閉塞の状況は生成の過程の終点であり、
ここに封じこまれて
蓄積されていくエネルギーは、孵化の培養器になる。
破壊をともなわない都市計画は
養老院のなかでつくればよい。
われわれの都市の変貌は巨大な亀裂からはじまる。
大地から湧出する
どろどろの不定形な物質が、
美徳と安逸にみちた都市を、
のみつくし、破壊するときに
あたらしい孵化がはじまる。
その変動は凶暴であり、
みさかいなく、あなたをおびやかし
殺すだろう。
われわれの仕事に課せられた宿命は、
不定形な物質に運動の秩序をあたえ
前過程の破壊につながる細やかな亀裂を入れることである。
孵化していくプロセスは、
これまでのような道路や建築のもった
スタティックなパターンを否定し、
ひたすら運動と成長の原則に
もとづいたシステムを要求する。
それらは各種のスピードを包含しながら、
たがいに独立的な函数として
連鎖的に成長していく群となり、
都市空間は
多次元的なマトリックスとなる。
このような都市にとって
必要なのは、
限定し完成された全体像ではなくて、
さまざまな全体像を可能にし、
かつ予測できる部分の機構である。
その機構はみずから増殖し変化する。
と同時に全体像も常に否定され
崩壊しなければならない。
そのため、
われわれの都市は常に固定せずに
移行する状況にある。
都市はプロセスであり、
それ以上に確実な概念は存在しない。
そこに設定される機構は、
自由に成長する各種の空間を
共存させながら、
連結するものでなければならない。
我々が示す
House coreとMoC (Mobile Cell)
からなるシステムはそれぞれが
「大きい動き」と「小さい動き」を担当しながら
マクロとミクロを行き交い、
全体として新陳代謝する。
この偶発的にうまれるHouse coreを
中心とするミニマムなコミュニティは
都市空間の発生する原点である。
全てを統一し単純化可能な
概念、こと、人工物を
を追求する行為を。
追求する思考プロセス中の
全てのインプットは「五感」として
副次的な諸々のパラメータとなる。
結果、中枢としての脳において電気信号、化学反応の果てに
形のともなわない意識として昇華する。
分析、思考する際に用いられる
数値から派生する方程式、データ等の集合体などは
無限に分岐し存在する全てを覆うメッシュのうち
あまりに単純化された「五感」を出発点とする
拙い「人間の思考」が捉えうる一経路に過ぎない。
人間の扱い得る「五感」という単純な函数を通じてのみ見える全体像は
本来の真理に到達するはずもなく、
統一場理論による四つの力の統合でさえも
この世を構成する全体からみた一経路に留まる。
しかしながら、
なお見えないものは見たく、
未知のものを知りたい「好奇心」なるものが
人間の意識として存在していることは
当事者である人間にとって
圧倒的矛盾を超えた神秘がある。
その欠陥を盾とし、
やるせないまま「思考」することで
全体を把握する術を持たない人間にとっての真理とは
「今この瞬間」でしかないことに到達する。
この瞬間を規定するのは、
「時間、場所、他者」の三要素であり
その最たる解は「家」であるが、
現代社会において、
極度に単純化されつかみどころがなく概念化された
まがい物の幻影的システムは
常に真理に到達できない「人間」にとっての
最後の砦である「今この瞬間」を妨害し続け、
根源的な「家」と「今この瞬間」を引き離し続ける。
技術革新によって一度逸れていった最後の砦は
皮肉なことに技術革新によって引き戻されつつある段階にある。
Sampoによる都市改造は革新などではない。
通常状態に人間と都市を戻す最大の妥協であり、
「今この瞬間」を捧げるメンバーたちが
資本主義に扮するトロイの木馬となる組織を作ることは、
これが最後にしなければならない。
私たちの意識は社会の無意識に由来する。
故に完成された体系やコミュニティは社会の無意識に還元され、
また新たな意識を誘発させるだろう。
かくして孵化された都市でさえも永続することはなく、
崩壊する宿命にある。
人間はまた単純化の道に進み
違和と共に増長し破壊されて全体として
相対的な時間たちが消費されて行く。
廃墟は、
われわれの都市の未来の姿であり、
未来都市は廃墟そのものである。
われわれの現代都市は、
それ故にわずかな<時間>を生き、
エネルギーを発散させ、
再び物質と化すであろう。
われわれのあらゆる提案と努力は
そこに埋め込まれて、
そしてふたたび
孵化培養器が建設される。
それが未来だ。
磯崎新に敬意を込めて改文
背景 Drawn by Towa Takaya